細胞にも「右利き・左利き」がある?――生命の左右非対称はどこから生まれるのか

細胞の左右方向性が生まれる分子機構を、Myosin1Dとアクチン、細胞キラリティ、臓器形成の関係から解説する。

公開 2026/9/14 確認 2026/9/14 読了 17分 中級 執筆: 知識図書館 編集部

人間の体は、一見すると左右対称に見える。

目は2つ、腕も2本、脚も2本。
ところが、体の中を見れば事情はまったく違う。

心臓は主に左側に位置し、胃も左寄りにある。
肝臓は右側に大きく張り出し、腸管も決まった向きに折りたたまれている。

つまり、生物の体は「左右対称に作られたあとで偶然崩れる」のではなく、発生の途中で左右を区別し、一定方向へ形を作っていく仕組みを持っている。

では、その「右と左」はどこで最初に生まれるのだろうか。

遺伝子なのか。
細胞なのか。
もっと小さな分子なのか。

2026年、大阪大学を中心とする研究グループは、この長年の問題に対して重要な一歩となる結果を発表した。

研究で明らかになったのは、細胞の骨格を作るアクチンと、それを動かすミオシンという分子モーターの相互作用によって、細胞そのものに「右利き」「左利き」と呼べる方向性が生まれる仕組みである。

この研究は、生命の左右非対称性が「分子 → 細胞 → 組織 → 臓器」という階層をどうやってつないでいるのかを考える上で、非常に重要な意味を持つ。


そもそも「細胞の右利き・左利き」とは何か

右利き・左利きという表現を聞くと、手を使う人間の利き手を連想するかもしれない。

もちろん細胞に手はない。

ここでいう「右利き」「左利き」とは、細胞が形を変えたり、内部の構造を動かしたりするときに、左右どちらか一方の回転方向や傾き方を好む性質を指す。

このような性質は、一般に**細胞キラリティ(cell chirality)**と呼ばれる。

キラリティとは、「鏡に映した形と元の形を重ね合わせることができない性質」のことだ。

典型例は右手と左手である。

右手を鏡に映すと左手の形になるが、右手そのものをどれだけ回転させても左手と完全には重ならない。

生命の世界では、キラリティは非常に基本的な性質である。

たとえばアミノ酸や糖など、多くの生体分子は特定方向のキラリティを持つ。
そして近年では、この「左右差」が分子だけでなく、細胞全体の形や運動にも現れることが分かってきた。


大阪大学などの研究チームは何を発見したのか

2026年8月25日、Journal of Cell Biology に

“Myosin1D directs circumferential F-actin flow to define cell chirality”

という論文がオンライン掲載された。

大阪大学、千葉大学、富山大学、京都大学、理化学研究所などによる共同研究である。

研究チームが注目したのは、ショウジョウバエの**Myosin1D(Myo1D)**というモータータンパク質だった。

Myosin1Dは以前から、ショウジョウバエの内臓などの左右非対称性に関わることが知られていた。

しかし問題は、

Myosin1Dという1種類の分子の性質が、どうやって「細胞全体の右向き・左向き」という大きなスケールの方向性に変換されるのか

という点だった。

今回の研究は、そこを直接観察した。


細胞内のアクチンは「右回り」に流れていた

研究チームはショウジョウバエのマクロファージを生きた状態で観察し、細胞内のF-アクチンの動きを追跡した。

F-アクチンとは、アクチン分子が多数つながってできた繊維である。

アクチンは細胞の形を支える骨組みであるだけでなく、

  • 細胞移動
  • 細胞分裂
  • 筋収縮
  • 細胞形態変化
  • 細胞内輸送

などにも関わる、極めて重要な細胞骨格だ。

観察の結果、Myosin1Dが正常に働く細胞では、F-アクチンが細胞の周囲を一定方向、つまり時計回りに流れる傾向を示した。

ところがMyosin1Dに異常がある細胞では、その方向性が逆転した。

さらに、Myosin1C(Myo1C)という近縁のミオシンが関与すると、反時計回りの流れが生じる。

つまり細胞内では、

  • Myo1D系 → 一方向
  • Myo1C系 → 反対方向

という、分子レベルの「利き」が存在している。


重要なのは「Myo1Dだけで回している」のではないこと

ここは今回の研究で特に面白いところである。

Myosin1Dは、単純にアクチンをぐるぐる回転させるモーターとして働いているわけではない。

研究結果から示されたモデルでは、大きく二つの役割に分かれている。

Myosin1D

アクチン繊維の向きを一定方向へそろえる。

Myosin2

そろえられたアクチン構造を実際に動かす。

つまり、

Myo1Dが「方向を設計し」、Myo2が「動力を与える」

という役割分担である。

これによって、非常に小さな分子レベルの方向性が、細胞サイズの大きな回転運動へと増幅される。

この考え方は、分子のキラリティが細胞のキラリティへ変換される仕組みを説明する重要なモデルになる。


試験管の中でも「回るリング」が勝手にできた

さらに研究チームは、細胞そのものを使わず、

  • Myosin1D
  • アクチン
  • ATPなど必要な分子

を用意して、人工的な環境で現象を再構成した。

すると驚くべきことが起きた。

多数のアクチン繊維が自発的に集まり、リング状の構造を作って一方向へ回転し始めたのである。

この構造は

Actin Chiral Ring(アクチン・キラルリング、ACR)

と呼ばれる。

ここで重要なのは、外部から「時計回りに並べ」と指示していないことである。

分子同士の相互作用だけで、

  1. アクチンが集まる
  2. 向きがそろう
  3. リングができる
  4. 一方向へ回転する

という秩序が自己組織化された。

生命科学では、このような局所的な分子相互作用から大きな構造が自然に生まれる現象を自己組織化と呼ぶ。

今回の研究は、左右方向の情報すら自己組織化によって生まれうることを示している。


アクチンには「表と裏」がある

なぜアクチンの向きをそろえると、一方向の回転が生まれるのだろうか。

F-アクチンには、実は方向がある。

一方をプラス端(barbed end)、もう一方を**マイナス端(pointed end)**と呼ぶ。

つまりアクチン繊維は、単なる対称な棒ではない。

一本一本に「向き」がある。

もし大量のアクチン繊維がバラバラの方向を向いていれば、ミオシンが動かしても全体として統一された回転は生じない。

しかしMyo1Dがアクチンの向きをそろえると、

大量の微小な運動が足し合わされ、細胞サイズの回転運動になる。

これは物理的に見ると、

微視的な方向性が巨視的な方向性へ増幅される現象

と捉えることができる。


分子の左右差が細胞の左右差になる

ここで生命のスケールを並べてみよう。

分子

ミオシンやアクチンそのものが立体的なキラリティを持つ。

↓

細胞骨格

アクチン繊維が特定方向にそろう。

↓

細胞

細胞内部に時計回り・反時計回りの流れが生じる。

↓

組織

多数の細胞が一定方向へ傾いたり変形したりする。

↓

臓器

腸などの器官が特定方向へ回転・湾曲する。

これまで、それぞれの階層に左右非対称性が存在すること自体は知られていた。

難しかったのは、

「分子レベルの左右差がどうやって細胞レベルへ受け渡されるのか」

だった。

今回の研究は、その接続部分を具体的な分子機構として示した点に大きな価値がある。


では、人間の心臓が左にある理由もこれなのか?

ここは注意が必要だ。

今回の実験の中心はショウジョウバエの細胞である。

したがって、

Myosin1Dが人間の心臓を直接左側に配置している

とまで言うことはできない。

哺乳類を含む脊椎動物では、左右軸の決定にノード(左右オーガナイザー)と繊毛運動が重要な役割を持つ。

胚発生の初期に、ノードに存在する繊毛が回転することで流体の流れが作られる。

この左右非対称な流れが、Nodalなどのシグナル分子の左右差へ変換される。

その後、

Nodal → Pitx2

などのシグナル系を通して、心臓や消化管などの左右非対称な形成につながる。

したがって脊椎動物では、

「繊毛による流れ」

という別の仕組みも非常に重要である。


それでも細胞キラリティが重要な理由

では今回の研究は、人間には関係ないのだろうか。

そうではない。

細胞キラリティ自体は、ショウジョウバエだけでなく、多くの真核細胞で観察されている。

培養した脊椎動物細胞でも、

  • 一定方向へ傾く
  • 一定方向へ回転する
  • 集団になると渦状のパターンを作る

といったキラルな挙動が確認されている。

さらに2026年にはNature Communicationsで、細胞集団の境界付近からキラルな配列が形成され、それが組織内部へ伝わることを示した研究も報告されている。

つまり、

細胞が元々持っている微小な左右方向性が、多細胞組織の形に影響する

という考え方そのものは、かなり普遍的である可能性がある。


なぜ生命は「左右対称」ではなく「左右非対称」なのか

そもそも、生物はなぜ内臓を完全な左右対称にしなかったのだろうか。

一つの理由は、空間を効率的に使うためだと考えられる。

人体という限られた容積の中に、

  • 心臓
  • 肺
  • 胃
  • 肝臓
  • 膵臓
  • 腸

などを配置しなければならない。

すべてを左右対称に配置する必要はない。

むしろ各臓器を非対称に配置し、互いに干渉しないよう折りたたむ方が効率的である。

しかし一度「非対称」を採用すると、もう一つの問題が生まれる。

左右の向きが個体ごとにランダムでは困る。

ある個体では心臓が左、別の個体では右、という状態では、発生過程の制御が複雑になる。

そのため生物は、

非対称でありながら、その方向を再現性高く決める仕組み

を進化させたと考えられる。


実際に左右が逆転する人もいる

人間ではまれに、内臓の左右配置が通常と逆になることがある。

代表的なのが**内臓逆位(situs inversus)**である。

心臓や肝臓、胃などが鏡像のように左右反転して配置される。

興味深いのは、内臓がすべて整然と反転している場合、必ずしも重大な健康問題が起きるとは限らないことである。

つまり重要なのは単純な「左か右か」だけではない。

複数の臓器が互いに整合した配置になっていることが重要なのである。

一方で、左右決定が途中で不完全になると、複雑な先天性心疾患などにつながることがある。

繊毛運動に異常を持つ原発性線毛運動不全症では、左右軸形成にも異常が生じることが知られている。


「右」と「左」はどこまで遡れるのか

ここで最初の疑問に戻る。

生命の「右」と「左」は、どこから始まるのだろうか。

細胞からだろうか。

さらに小さな分子からだろうか。

今回の研究が面白いのは、その境界をかなり下までたどった点にある。

Myosin1Dという分子モーターの性質が、

アクチンの配置を変え、

アクチン集団の運動方向を決め、

細胞内に大きな回転流を作り、

最終的には組織・臓器レベルの左右非対称につながり得る。

つまり生命の左右差は、突然臓器レベルで出現するものではない。

分子の形や動きに潜んでいた小さな非対称が、階層を上がるにつれて増幅されている可能性がある。


さらに深い疑問――なぜMyo1Dは「その方向」なのか

今回の研究で大きく前進した一方、さらに根本的な問題は残っている。

なぜMyosin1Dは、アクチンをその方向へそろえるのか。

そしてなぜMyosin1Cでは逆向きになるのか。

過去の研究では、Myosin1DとMyosin1Cの「モータードメイン」の違いが、左右方向性に深く関係することが示されている。

つまり左右の情報は、

遺伝子
↓
タンパク質のアミノ酸配列
↓
タンパク質の立体構造
↓
アクチンとの相互作用
↓
運動方向

という形で伝わっている可能性がある。

さらに深くたどれば、アミノ酸そのものもキラル分子である。

生物のタンパク質を構成するアミノ酸は基本的にL型に偏っている。

すると究極的には、

生物の体の左右差は、分子レベルのキラリティから始まっているのではないか

という非常に大きな問いにつながる。

現時点でそこまで一本の因果関係として証明されたわけではない。

しかし今回の研究は、少なくとも

分子のキラリティ → 細胞骨格の方向性 → 細胞キラリティ

という階層間の接続を具体化した。


生命は「対称」から作られているのではない

私たちは無意識に、

「生物はまず左右対称に作られ、そこから左右差が加えられる」

と考えがちだ。

しかし実際には、生命を構成する分子そのものがすでに非対称である。

アミノ酸も、タンパク質も、細胞骨格も完全な左右対称ではない。

すると生物の左右非対称性は、

対称な世界に後から左右差を追加したものではなく、もともと非対称な分子から作られた巨大な構造が、その方向性を制御している現象

と考えた方が自然なのかもしれない。

細胞の「右利き・左利き」は、その中間地点に存在する。

分子と臓器の間をつなぐ階層である。


今回の研究で分かったこと/まだ分からないこと

分かったこと

  • Myosin1Dは、ショウジョウバエ細胞内で時計回りのF-アクチン流を生じさせる
  • Myosin1Cは反対方向の細胞キラリティに関与する
  • Myosin2も回転流の形成に必要
  • Myosin1Dはアクチン繊維の向きをそろえる働きを持つと考えられる
  • 高濃度のアクチンとMyosin1Dだけでも、回転するアクチン・キラルリングが自己組織化する
  • 分子レベルの方向性が細胞レベルのキラリティへ増幅される具体的なモデルが示された

まだ分からないこと

  • Myosin1Dがないと逆方向の流れが生じる詳しい理由
  • この仕組みが哺乳類の各組織でどこまで共通しているか
  • 繊毛による左右決定と細胞キラリティがどう統合されているか
  • 分子キラリティから個体の左右差までを完全につなぐ一般原理が存在するか

この研究が将来つながる可能性

大阪大学の研究チームは、今回の成果が

  • 臓器形成
  • 再生医療
  • オルガノイド
  • 組織の安定性
  • がん細胞の浸潤

などの研究へ発展する可能性を挙げている。

特にオルガノイド研究では重要になるかもしれない。

オルガノイドは細胞を培養して臓器に似た構造を作る技術だが、単に細胞の種類をそろえるだけでは、本物の臓器と同じ立体構造にはならない。

細胞が

「どちらに向くか」

「どちらに曲がるか」

「どちらへ回転するか」

という方向情報まで再現する必要がある可能性がある。

もし細胞キラリティを制御できるようになれば、人工的な臓器形成をより精密に誘導できる可能性がある。


まとめ――左右は、臓器よりずっと小さな世界から始まっている

私たちの心臓が左にある。

腸が決まった方向に曲がる。

臓器が特定の配置をとる。

こうした現象だけを見ると、「左右」は体全体の設計図によって決まっているように感じる。

しかし生命を小さく分解していくと、その方向性は細胞の中にも存在する。

さらに細胞の中を見れば、アクチンとミオシンという分子の運動にまでたどり着く。

今回の研究が示したのは、

非常に小さな分子モーターの性質が、アクチン集団の向きをそろえ、細胞サイズの回転運動へと自己組織化される

という仕組みだった。

生命の形は、巨大な設計図だけで作られているわけではない。

分子一つ一つの動きが積み重なり、細胞の方向を決め、細胞の集団が組織を作り、最終的に私たちの体の「右」と「左」を生み出している。

そう考えると、人体の左右差は単なる解剖学的特徴ではない。

分子から個体まで連続して存在する、生命のキラリティが表面化した結果の一つなのである。


参考文献・出典

  1. Yamaguchi A, Sasamura T, Yoshimura K, et al. Myosin1D directs circumferential F-actin flow to define cell chirality. Journal of Cell Biology. 2026;225(10):e202509125.
    DOI: https://doi.org/10.1083/jcb.202509125

  2. 大阪大学 ResOU. 細胞が「右利き・左利き」になるメカニズムを解明―「アクチン・キラルリング」から迫る分子と細胞・からだの左右非対称性― 2026年9月7日.
    https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2026/20260907_3

  3. Inaki M, Liu J, Matsuno K. Cell chirality: its origin and roles in left-right asymmetric development. Philosophical Transactions of the Royal Society B. 2016;371:20150403.
    DOI: https://doi.org/10.1098/rstb.2015.0403

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    DOI: https://doi.org/10.1016/j.mod.2014.04.002

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    PMID: 30467170

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  7. Hamada H, Tam PPL. Mechanisms of left-right asymmetry and patterning in vertebrates. 各種総説。

  8. Shi W, Nguyen DTL, Goh WJ, et al. Actin based cell chirality emerging at the boundary of 2D-microtissue directs chiral multicellular pattern formation. Nature Communications. 2026.
    DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-026-76921-6

  9. Haraguchi T, et al. Elucidating chiral myosin-induced actin dynamics: From single-filament behavior to collective structures. Proceedings of the National Academy of Sciences. 2026.
    DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2508686123

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