ブラックホールを人工的に作ることはできるのか?――地球を飲み込む「小型ブラックホール」は作れる?

人工ブラックホールの成立条件と加速器実験の安全性を、シュワルツシルト半径やホーキング放射から整理する。

公開 2026/9/14 確認 2026/9/14 読了 11分 中級 執筆: 知識図書館 編集部

ブラックホールは巨大な恒星が崩壊して生まれる。

それなら、人間が極端に高いエネルギーを小さな空間へ押し込めれば、

人工的にブラックホールを作ることもできるのだろうか。

この疑問は、LHCのような巨大粒子加速器が登場したときにも話題になった。

「衝突実験で小さなブラックホールができ、地球を飲み込むのではないか」

という不安である。

結論から言えば、

現在の一般相対論と既知の物理では、LHCのような加速器で危険なブラックホールを作ることはできない。

一方で、理論上、

十分な質量・エネルギーを十分小さな領域へ集中させればブラックホールを人工的に作る

という考え自体は物理法則に反していない。

問題は、その必要条件があまりにも極端なことだ。


ブラックホールを作る条件は何か

ブラックホールになる条件は「重いこと」だけではない

ブラックホールというと、

「ものすごく重い天体」

というイメージがある。

しかし本質は、

質量またはエネルギーが、十分小さな領域へ集中していること

である。

一般相対論では、質量 M に対するシュワルツシルト半径は

rₛ = 2GM / c²
で表される。

この半径より内側へ質量を押し込めると、事象の地平面が形成される。


地球をブラックホールにするなら

地球の質量は約

5.97 × 10²⁴ kg
である。

これをシュワルツシルト半径まで圧縮すると、

約9mm程度になる。

つまり、

地球全体の質量を直径2cm未満ほどに圧縮できれば、地球質量ブラックホールになる。

もちろん、そんな圧縮を行う手段は存在しない。


太陽なら約3km

太陽質量

1.99 × 10³⁰ kg
に対するシュワルツシルト半径は約3kmである。

直径では約6km。

太陽の半径は約70万kmなので、

それを半径3km程度まで圧縮する必要がある。

大質量星では、自身の重力がその圧縮を引き起こす。


では1kgのブラックホールは?

式に1kgを入れると、

rₛ ≈ 1.5 × 10⁻²⁷ m
程度になる。

原子核より遥かに小さい。

つまり1kgのブラックホールを作るには、

1kg分の質量エネルギーを 10⁻²⁷ m級の領域へ集中させる

必要がある。

問題は質量ではなく、異常なエネルギー密度である。


E=mc²で考えるとさらに異常

1kgの質量エネルギーは、

E = mc²
より
E ≈ 9 × 10¹⁶ J
となる。

これは巨大なエネルギーである。

しかも、それをただ発生させればよいわけではない。

極端に小さな領域へ、逃げないように集中させる必要がある。

人類の技術からは途方もなく遠い。


粒子加速器で微小ブラックホールは作れるか

ならもっと小さなブラックホールを作ればよい?

質量を小さくすれば必要総エネルギーは下がる。

しかしシュワルツシルト半径もさらに小さくなる。

つまり、

小さいブラックホールほど作るために必要な集中度が極端になる。

簡単になるわけではない。


粒子加速器は非常に高いエネルギー密度を作る

LHCでは陽子を光速近くまで加速して衝突させる。

衝突点では極めて小さな空間へ高エネルギーを集中できる。

そのため、

「ここまでエネルギーを集中させれば、ブラックホールができるのでは?」

という議論が生まれた。


一般相対論だけならLHCでは作れない

通常の4次元一般相対論で考えると、

LHCの衝突エネルギーはブラックホール形成に必要なスケールから桁違いに低い。

CERNも、

アインシュタインの一般相対論に従う限りLHCでブラックホールは生成されない

と説明している。


では「LHCでブラックホールができるかも」という話は何だった?

これは、

余剰次元を持つ一部の仮説的理論

から出てきた。

もし重力が我々の見えない追加次元へ広がっているなら、

高エネルギー領域での重力の強さが通常の予測より大きくなり、

粒子衝突で微小ブラックホールが生成される可能性がある

というモデルが提案された。

ただしこれは標準的な一般相対論の予測ではない。


もしできても超小型

そうした理論で生成されるブラックホールは、

天体ブラックホールとは全く違う。

質量は素粒子衝突のエネルギー相当で、

極端に小さい微小ブラックホール

となる。

地球質量や山の質量を持つわけではない。


微小ブラックホールは安全なのか

ホーキング放射ですぐ消える?

量子場理論を曲がった時空へ適用すると、

ブラックホールは完全な黒体ではなく、

ホーキング放射

によってエネルギーを失うと予測される。

ブラックホールの温度は、質量が小さいほど高い。

寿命も小質量ほど急激に短くなる。

微小ブラックホールなら、非常に短時間で蒸発すると考えられる。


ただしホーキング放射は直接観測されていない

ここは慎重に言う必要がある。

天体ブラックホールのホーキング放射そのものは、現在まで直接検出されていない。

理論的には非常に強く支持されているが、

実験室で確立済みの現象という意味ではない。

それでもLHC安全性はホーキング放射だけに依存していない。


宇宙線が天然のLHC実験を何十億年も続けている

LHCより重要な安全論拠がある。

地球や太陽、白色矮星、中性子星などには、

宇宙から非常に高エネルギーの宇宙線が何十億年も衝突している。

その中には、重心系エネルギーでLHCに匹敵、あるいはそれを上回る衝突も含まれる。

もしそのような衝突で、

  • 安定な微小ブラックホールが作られ
  • 物質を急速に吸収し
  • 天体を破壊する

のであれば、

自然界の天体が長期間存在していることと矛盾する。


CERNもこの点を安全根拠にしている

CERNはLHC安全性について、

仮に一部の仮説理論が正しく微小ブラックホールが生成されても、

危険な成長を起こさないことを説明している。

自然宇宙線衝突が長期間起きていることも重要な根拠である。


小さなブラックホールは何でも吸い込むのか

ブラックホールという言葉から、

「できた瞬間、周囲の物質を掃除機のように吸い込む」

と考えがちである。

しかしブラックホールの重力も、遠方では同じ質量を持つ普通の物体と同じように働く。

たとえば太陽を同じ質量のブラックホールへ置き換えても、

地球はほぼ同じ軌道を回り続ける。

ブラックホールだから重力が無限遠まで突然強くなるわけではない。


微小ブラックホールは当たり判定が小さすぎる

非常に小さなブラックホールは事象の地平面も極端に小さい。

周囲の原子を取り込むためには、非常に近くまで接近しなければならない。

そのため、

小さいブラックホールが即座に巨大化するとは限らない。

むしろ物質との相互作用確率が小さい。


人工ブラックホールを実用化するには

人工ブラックホールを本気で作る方法は?

純粋な一般相対論的発想では、

十分なエネルギーを球状に集中させる必要がある。

たとえば、

大量の高エネルギー光子を一点へ収束させる

という思考実験が考えられる。

光にもエネルギーがあり、エネルギーは重力源になる。

十分なエネルギーをそのシュワルツシルト半径内へ集めれば、

光だけでもブラックホール形成は原理上考えられる。


「クーゲルブリッツ」

大量の光を一点へ集中させて作る仮想的ブラックホールは、

Kugelblitz(クーゲルブリッツ)

と呼ばれることがある。

ドイツ語で「球状の雷」に近い意味である。

SFでは、人工ブラックホールの生成方法として登場する。

しかし必要なエネルギー密度は途方もない。


ブラックホールを発電所にできる?

もし人工的に小型ブラックホールを作り、制御できれば、

非常に高密度なエネルギー源として利用できる可能性が理論上議論される。

小型ブラックホールは高温のホーキング放射を出すと考えられるため、

その放射を利用して発電する発想である。

さらに一方向へ放射を反射できれば推進にも使えるかもしれない。

しかし、

  • 生成
  • 保持
  • 給餌
  • 放射制御
  • 安全性

の全てが未知の工学である。


ブラックホールをどう「持つ」のか

ブラックホールには取っ手がない。

通常物質の容器へ入れることもできない。

電荷を持たせれば電磁場で一部制御できる可能性はあるが、

荷電ブラックホールが安定して大量の電荷を保持できるか、

周囲のプラズマとの相互作用をどうするか、

など問題だらけである。


小さすぎても消える、大きすぎても作れない

人工ブラックホールには嫌なトレードオフがある。

小さいブラックホール

  • 必要総エネルギーは比較的少ない
  • しかし生成領域が極端に小さい
  • ホーキング放射が強い
  • 寿命が短い

大きいブラックホール

  • 長寿命
  • 取り扱いやすくなる可能性
  • しかし必要質量エネルギーが巨大

つまり、

人類が扱いやすいサイズ帯が簡単には存在しない。


人工ブラックホールは物理限界か工学限界か

ブラックホールを人工的に作ることは「物理的に禁止」されている?

ここが永久機関との大きな違いである。

人工ブラックホールは、

エネルギー保存則にも一般相対論にも反していない。

実際、自然界では恒星崩壊によってブラックホールが形成される。

したがって、

十分な条件さえ作れば人工形成そのものは原理的に禁止されていない。

問題は条件が極端すぎることである。


現代人類はどのくらい遠い?

極めて遠い。

LHCは人類史上最大級の粒子加速器だが、

通常の一般相対論でブラックホールを作るエネルギー密度には達していない。

天体規模の質量を圧縮する能力もない。

大量の光をシュワルツシルト半径内へ閉じ込める技術もない。

つまり、

理論的には可能性があるが、工学的にはほぼ別文明レベル

である。


結論——人工ブラックホールは永久機関より「可能側」にいる

ブラックホールを人工的に作ることは、

既知の物理法則によって禁止されているわけではない。

十分な質量・エネルギーを、

そのシュワルツシルト半径より小さな領域へ集中させればよい。

式だけなら簡単である。

しかし実際には、

必要なエネルギー密度と圧縮スケールが極端すぎる。

現在の粒子加速器で危険なブラックホールが作られる心配はなく、

仮説的な微小ブラックホールが生成可能な理論を考えても、

地球を飲み込むような天体ブラックホールとは全く別物である。

人工ブラックホールは、

物理法則には許されている。
しかし人類の技術力にはまだ許されていない。

物理限界シリーズの中でも、

「不可能」ではなく、

条件があまりにも極端なため到達できない

という典型例なのである。

参考文献