光より速く進むことはできるのか?――相対性理論が作る宇宙の速度制限
質量を持つ物体が光速へ到達できない理由と、超光速が因果律へ及ぼす問題を特殊相対性理論から整理する。
秒速約30万km。
光は1秒で地球を7周半ほど進む。
では、人間が作った宇宙船を加速し続ければ、いつか光速を超えられるのだろうか。
結論から言うと、質量を持つ物体を通常の方法で加速して光速へ到達させることは、特殊相対性理論ではできない。
しかも、単に「ものすごく難しい」という話ではない。
速度が光速へ近づくほど必要エネルギーが急増し、光速そのものでは有限のエネルギーでは到達できなくなる。
そしてさらに重要なのは、光速が単なる「光の速さ」ではなく、
原因と結果が伝わる宇宙の上限速度
として組み込まれていることだ。
光速はなぜ越えられないのか
光速はどれくらい速い?
真空中の光速 c は正確に
約30万km/sである。
この速さなら、
- 地球一周:約0.13秒
- 地球から月:約1.3秒
- 太陽から地球:約8分20秒
- 太陽から海王星:約4時間
- 最も近い恒星プロキシマ・ケンタウリ:約4.24年
かかる。
光速は人間の感覚では圧倒的に速い。
それでも宇宙規模では遅い。
銀河系の直径は約10万光年。
宇宙は、光速ですら移動に途方もない時間が必要な大きさなのである。
なぜ物体は光速に到達できないのか
ニュートン力学なら、
しかし、光速に近い領域ではニュートン力学ではなく特殊相対性理論を使う必要がある。
質量 m を持つ粒子の全エネルギーは、
ここで
速度 v が光速 c に近づくと、
そして v=c では分母がゼロになる。
つまり必要なエネルギーは発散する。
実際、光速に近づくとどれほど大変なのか
静止質量1 kgの物体を考える。
相対論的運動エネルギーは、
光速の90%
光速の99%
光速の99.999%
さらに桁違いに増える。
速度をあと少し上げるためだけに、必要エネルギーが猛烈に増えていく。
しかもこれはわずか1 kgの話であり、宇宙船なら何桁も大きい。
「強いエンジンを作ればいい」では解決しない
これはロケットエンジンの性能限界ではない。
仮に推進効率100%、燃料質量ゼロ、機体強度無限大という魔法の宇宙船があっても、
質量を持つ以上、有限のエネルギーで光速には到達できない。
エンジン性能の問題ではなく、時空の幾何学そのものの制約だからだ。
では光はなぜ最初から光速で動ける?
ここで疑問が出る。
「物体が光速に到達できないなら、光はどうして光速なのか?」
光子は静止質量が0である。
質量を持つ粒子を0から加速して光速へ持っていくのとは事情が違う。
光子には「静止している状態」が存在しない。
真空中では常に c で伝播する。
粒子加速器ではほとんど光速まで行っている
電子や陽子は実際に粒子加速器で光速近くまで加速されている。
ここで面白いのは、エネルギーを加えても速度がほとんど増えなくなることだ。
光速に近づくほど、投入したエネルギーは「速度を大きく増やす」よりも粒子の相対論的エネルギーを増やすことに使われる。
つまり、
光速は壁のように突然ぶつかる速度ではない。
近づけば近づくほど、さらに近づくことが難しくなる「漸近線」のようなものだ。
光より速く見える現象は本当に超光速か
光より速く見える現象は存在する
ここで話は少し複雑になる。
自然界には「光より速く動いたように見えるもの」がいくつかある。
しかし、それらは必ずしも物質や情報が局所的に光速を超えているわけではない。
宇宙膨張
遠方の銀河は、宇宙膨張によって私たちから光速を超える速さで遠ざかることがある。
これは銀河が局所空間を光速以上で飛んでいるわけではない。
銀河間の空間そのものが拡大している。
特殊相対論の「物体は局所的に光速を超えられない」という制限と矛盾しない。
この考え方は、後の「ワープ」記事につながる。
見かけの超光速運動
活動銀河核などから噴き出すジェットが、観測上、光速以上で横方向へ移動しているように見えることがある。
これは実際の超光速運動ではなく、
- ジェットがほぼ光速
- 観測者の方向へ浅い角度で進む
という条件によって生じる幾何学的な見かけである。
位相速度
波の「位相」が光速を超える場合もある。
だが、そこに意味のある情報を載せて光速以上で送れるとは限らない。
重要なのは情報や因果関係が伝わる速度である。
量子もつれ
量子もつれでは、離れた粒子の測定結果に非常に強い相関が現れる。
一見すると瞬時に情報が伝わったように見える。
しかし、この相関だけを使って任意のメッセージを光より速く送ることはできない。
これが「量子テレポーテーション」とSFの瞬間移動が同じではない理由でもある。
超光速が因果律と時間を壊す理由
光速を超えると「時間」に問題が起きる
光速制限の本当に深い理由はここにある。
特殊相対論では、空間と時間は別々のものではなく、時空として一体になっている。
出来事Aから出来事Bへ光速以下で信号を送れるなら、どの慣性系から見ても「Aが原因でBが結果」という順序は保たれる。
ところが光より速く情報を送れると、観測者によっては
結果が原因より先に起きる
ように見える場合が出てくる。
さらに超光速通信を組み合わせると、理論上は自分が送信する前の時刻へメッセージを返せる状況を構成できる。
これが因果律の問題だ。
つまり光速制限は単なる速度制限ではない。
原因が結果より先に起きるという宇宙の秩序を守る境界でもある。
タキオンという仮説
かつて「最初から光より速くしか動けない粒子」としてタキオンが議論されたことがある。
通常の粒子が光速未満から光速を越えられないなら、逆に最初から光速の外側に存在する粒子を考えようという発想だ。
ただし現在まで、タキオン粒子が実在する実験的証拠はない。
現代物理で「tachyonic」と呼ばれるものも、必ずしも超光速粒子そのものを意味せず、場の不安定性を表す用語として使われることがある。
SFに出てくるタキオン通信が実現しているわけではない。
チェレンコフ光は「光速超え」では?
原子炉の水中などで見られる青いチェレンコフ光も誤解されやすい。
荷電粒子がその物質中の光速より速く進むと発生する。
水中では光は真空中より遅く進むため、粒子が水中の光より速くなることは可能である。
しかし粒子が真空中の光速 c を超えているわけではない。
ではワープなら?
「物体そのものを光速以上に加速する」のではなく、
空間そのものを変形させればよいのではないか
という考え方がある。
一般相対論には、いわゆるアルクビエレ・ワープのように、局所的には光速を超えず、時空を縮めたり伸ばしたりして遠方へ移動する数学的解が存在する。
ただし、
- 負のエネルギー密度
- エネルギー条件
- バブルの生成・制御
- 安定性
- 因果律
など巨大な問題が残る。
つまり、
「特殊相対論を破って光速を超える」のと、「時空そのものを操作する」のは別問題
である。
人間と宇宙船を光速近くまで運べるか
人間が光速近くで移動すると何が起きる?
特殊相対論では時間の進み方も変化する。
地球から見て速度 v で進む宇宙船の時間は、
たとえば γ = 10 なら、地球で10年経つ間に宇宙船では約1年しか経たない。
そのため、宇宙船側の本人にとっては、遠い恒星まで比較的短い時間で到達することも理論上は可能になる。
これは「未来への時間旅行」と本質的につながっている。
光速を超えなくても、相対論を利用すれば人間の主観時間を縮められるのである。
現実の宇宙船では光速以前に壁だらけ
理論上の光速限界よりずっと前に、工学的な壁もある。
エネルギー
宇宙船を相対論的速度まで加速するエネルギーが巨大。
燃料
ロケットは燃料自身も運ばなければならず、通常の推進方式では質量比が破綻する。
星間物質
低密度の水素原子や塵でも、光速近くでは極めて高エネルギーの衝突になる。
放射線
前方から来る光も強烈に青方偏移し、高エネルギー放射線になる。
減速
目的地に着くだけでなく、そこで止まるためにも同程度のエネルギーが必要になる。
つまり、人類にとっての実用的な限界は今のところ光速より遥か手前にある。
結論——光速は「速い光」の話ではない
光速約30万km/sは、単なる光という物質の性能ではない。
特殊相対論では、
質量を持つ物体が到達できない境界であり、情報と因果関係が伝わる速度の上限
である。
質量を持つ宇宙船を通常の加速で光速へ到達させるには、必要エネルギーが無限大へ発散する。
そして超光速通信を許すと、因果律そのものが揺らぐ。
だから人類が本当に恒星間を短時間で移動したいなら、単に「もっと速いロケット」を作るだけでは足りない。
必要になるのは、
時空そのものをどう扱うか
という、さらに深い物理なのである。