ワープは可能なのか?――宇宙船を動かさず「空間」を動かす理論
一般相対論のアルクビエレ・ワープを手がかりに、負のエネルギーや因果律など実現を阻む条件を整理する。
光より速く移動したい。
しかし特殊相対性理論では、質量を持つ物体を通常の方法で加速して光速へ到達させることはできない。
では、宇宙船そのものを光速以上に動かすのではなく、
宇宙船の前方の空間を縮め、後方の空間を広げたらどうなるか。
この発想から生まれたのが、いわゆる「ワープ航法」である。
SFだけの話に見えるが、一般相対論の方程式には、時空そのものを特殊な形に変形させる解が存在する。
その代表がアルクビエレ・ワープである。
ただし結論から言えば、
ワープは数式上のアイデアとしては存在するが、現在の物理と工学で実現できる見通しはない。
最大の問題は、単にエネルギーが大きいことではない。
必要とされるエネルギーの性質そのものが、通常物質では作れない可能性がある。
ワープは光速制限をどう回避するのか
なぜ普通に加速する方法ではダメなのか
光速 c に近づくと、質量を持つ物体の相対論的エネルギーは
ここで
速度 v が c に近づくと、γ は急激に増加し、光速では有限のエネルギーで到達できない。
つまり、
もっと強いエンジンを作れば突破できる壁ではない。
そこで発想を変える。
宇宙船を空間の中で動かすのではなく、空間そのものを変形させる。
アルクビエレ・ワープとは何か
1994年、物理学者ミゲル・アルクビエレは一般相対論の方程式に対して、
- 宇宙船の前方の空間を収縮させる
- 後方の空間を膨張させる
- 宇宙船の周囲には比較的平坦な領域を保つ
という形の時空解を示した。
宇宙船は「ワープバブル」の内部に存在する。
局所的には宇宙船は光速を超えていない。
しかし、バブル全体が時空の変形によって遠方へ移動する。
イメージとしては、
走る人を速くするのではなく、床そのものを動かす
ような考え方に近い。
これは光速制限を破っていないのか
一見すると完全に光速違反に見える。
だが一般相対論では、局所的な物体運動と、空間自体の膨張は別に扱われる。
実際、宇宙膨張によって非常に遠い銀河同士の距離は、光速を超える割合で増えることがある。
それでも銀河が局所的に光速を超えて空間を走っているわけではない。
ワープも同じ発想を使う。
物体の局所速度を光速以上にするのではなく、時空の尺度そのものを変える。
これがワープ理論の核心である。
数式の解を装置へ変えられるか
では数式があるなら、作れるのでは?
ここが大きな誤解である。
一般相対論の方程式に「この形の時空が存在できる」という解があることと、
その時空を現実に作れる
ことは全く別である。
たとえばブラックホールも一般相対論の解として存在する。
しかし、それを実験室で自由に作って制御できるわけではない。
ワープも同じである。
最大の問題——負のエネルギー密度
アルクビエレ型ワープでは、ワープバブルを形成するために、
負のエネルギー密度
を持つ領域が必要とされる。
通常の物質は正のエネルギーを持つ。
質量も正、エネルギー密度も正である。
ところがワープ時空を作るには、一般相対論で通常仮定されるエネルギー条件を破るような物質・場が必要になる。
これをしばしば「エキゾチック物質」と呼ぶ。
負のエネルギーは絶対に存在しないのか
量子力学では、局所的に負のエネルギー密度のように見える状態は完全に禁止されているわけではない。
代表例としてカシミール効果がある。
2枚の導体板を非常に近づけると、真空の量子状態の制限によって板同士に引力が働く。
この状況は、基準の取り方によって局所的な負のエネルギー密度として表現されることがある。
ただし、
- 量が非常に小さい
- 維持できる条件が厳しい
- 任意の量を集められるわけではない
- 巨大なワープバブルを作れる根拠はない
という問題がある。
「負のエネルギーという言葉が量子論に出てくる」ことと、
「宇宙船を包む負エネルギー物質を大量生産できる」
ことは全く違う。
必要エネルギーはどれほどなのか
初期のワープモデルでは、必要エネルギー量は天文学的だった。
その後、
- バブル形状を変える
- 壁の厚さを変える
- 時空分布を工夫する
ことで必要エネルギーを減らす研究も提案された。
ただし、これは「現実的になった」という意味ではない。
必要条件を緩和できても、依然として
- 負エネルギー
- 巨大なエネルギー密度
- 安定性
- 制御可能性
の問題が残る。
ワープバブルを制御し安全に航行できるか
ワープバブルをどう作るのか
仮に必要なエネルギーが用意できても、さらに難問がある。
ワープバブルを作るには、出発点で時空を適切に変形させなければならない。
しかも、超光速で進むワープバブルの外部と内部では、因果的な接続が難しくなる場合がある。
つまり、
乗ってから自由にスイッチを入れて操縦できるとは限らない。
「目的地を決めて、ハンドルを切って、ワープ速度を変える」というSF的操作は、理論解から自動的に出てくるものではない。
ワープバブル内部から前方を操作できない可能性
超光速ワープでは、バブル前方の領域が因果的に切り離される問題が出る。
簡単に言えば、
船内から前方の時空へ信号を送って制御すること自体が難しい
可能性がある。
これは「ワープ船を作れたとしても、操縦できるのか」という根本問題につながる。
放射線の問題
ワープバブルが移動すると、前方から来る粒子や光がバブル周辺へ集積・青方偏移する可能性が指摘されている。
もし巨大なエネルギーの粒子がバブル前方に蓄積され、停止時に放出されるなら、
目的地へ到着した瞬間に危険な高エネルギー放射線を撒き散らす可能性がある。
理論モデルによって挙動は変わるが、
「移動だけできれば終わり」ではない。
因果律の問題
超光速移動を許すと、特殊相対論で問題になった因果律が再び現れる。
複数の超光速移動を適切に組み合わせると、
出発する前の時刻へ戻るような閉じた時間的曲線
を構成できる可能性がある。
つまりワープは、
「光速を越えられるか」
だけではなく、
「タイムマシンを許してしまわないか」
という問題と直結する。
これは知識図書館の「タイムマシンは作れるのか?」とも直接つながる。
ワープ解を物理的実在と呼べるか
一般相対論には奇妙な解が多い
ワープだけが異常なのではない。
一般相対論には、
- ブラックホール
- ワームホール
- 閉じた時間的曲線
- 宇宙膨張
- 重力波
など、ニュートン力学では想像しにくい構造が数多く現れる。
重要なのは、
方程式が許すことと、自然界が実際に実現することは別
という点である。
数学的解の中には、現実的な物質条件では作れないものもある。
ワームホールとの違い
ワープとワームホールは混同されやすい。
ワープ
出発地と目的地の間の空間を変形させ、その中を移動する。
ワームホール
時空の離れた2地点を直接つなぐ「近道」を作る。
どちらも一般相対論から議論されるが、構造は異なる。
ワームホールも安定化にエキゾチック物質が必要とされることが多く、現実的な実現法は分かっていない。
「どこでもドア」に近いのは、むしろワームホールの発想である。
「空間を縮める」とは本当にできることなのか
宇宙全体では、空間の膨張は実際に観測されている。
つまり空間の尺度が変化すること自体はSFではない。
問題は、
局所的に、好きな場所で、好きな方向へ、好きな量だけ時空を変形させる技術
が存在しないことだ。
時空の曲率を作るにはエネルギーと運動量が必要である。
そして人類が扱えるエネルギー密度では、時空の曲率は極めて小さい。
ワープへ向かう前に必要な技術
人類が最初に目指すべきはワープではない
恒星間移動という目的だけを考えれば、ワープ以前に研究すべき現実的な手段は多い。
- 核融合推進
- 反物質推進
- レーザー推進
- 光帆
- ビーム推進
- 無人探査機の超高速化
これらはワープほど派手ではない。
しかし少なくとも既知の物理法則の範囲内で研究可能である。
ワープは物理的に不可能なのか
ワープは「不可能」と言い切れるのか
現時点では、ワープを実現する技術は存在しない。
また、必要とされるエネルギー条件も非常に厳しい。
しかし一般相対論そのものがワープ的な時空構造を完全に禁止しているわけではない。
したがって科学的に最も正確な表現は、
現代物理では数式上の候補は存在するが、実現方法は分かっておらず、実用化可能性を示す証拠もない
となる。
結論——ワープ最大の壁は「速さ」ではない
ワープの面白い点は、光速制限を力ずくで突破しようとしていないことにある。
宇宙船を速くするのではなく、
時空そのものを操作する。
理論上、この発想は一般相対論と両立する形で記述できる。
しかし現実には、
- 負のエネルギー密度
- エキゾチック物質
- 巨大なエネルギー
- バブル生成
- 操縦可能性
- 放射線
- 因果律
という複数の壁がある。
だから現在のワープは、
SFから一歩だけ数式の世界へ出てきたが、工学の世界にはまだ入っていない技術
と言える。
参考文献
- M. Alcubierre, The warp drive: hyper-fast travel within general relativity, Classical and Quantum Gravity 11 (1994)
- Einstein field equations and general relativity textbooks
- Quantum field theory discussions of negative energy and Casimir configurations